エピソード08

“できない”から、“どうすれば”へ

「すぐ帰れるから」と
笑っていた父。

心臓カテーテル手術のはずが、
術後に心肺停止となり、
低酸素脳症と診断。

自立していた父は、
一転して吸引と経管栄養が必要な
寝たきりの状態になりました。

コロナ禍で面会もままならず、
母は病室の外で、
毎日祈るように父を見守っていました。

「せめて一緒に過ごせる場所を」と
退院先を探すも、

「医療依存度が高い方は難しい」と、
どの施設からも断られました。

そんな中、
ある施設からの言葉。

「どうすれば受け入れられるか、
一緒に考えましょう」

そのひと言が、
私たちに希望をくれました。

介護・看護スタッフが協力し、
吸引器や経管栄養への対応も研修。

病院の主治医や薬局、
ケアマネジャーとも連携して、
早期入居が実現しました。

「話せるうちに奥さまと会ってほしい」

という医師の言葉も後押しとなり、
2023年春、父は無事に施設へ入居。

母は、
「これが私の仕事」と言いながら、
毎日通っています。

今でも、父が短く言葉を発するたびに、
母だけでなく、
スタッフの方々も一緒に喜んでくださいます。

「今日は声が聞けたね」

そう言って、
笑顔がこぼれます。

ある日、母が言いました。

「ここが、ふたりの家だね」

“難しい”を、
“どうすれば”に変えてくれた人たちがいたから、

今もこうして、
ふたりの時間が続いています。

私たち家族も、
これからも一緒に
支え続けていきます。

このエピソードに立ち会った人
アルファリビング広島観音本町
住吉 鮎美

最近の投稿

エピソード18

あきらめかけた音色が、ふたたび動き出した日

「もう、大正琴は弾けないかもしれないね」入居の見学で、そうつぶやいた私の声は、小さく震えていたと思います。夫を見送り、長くひとり暮らしをしてきました。趣味の仲間と大正琴を弾く時間が、私にとって何よ...

続きを読む
エピソード17

最後まで、自分らしく生きた祖父

「これが飲めんなったら終わりやもんな」お酒を前に、いつも照れくさそうに笑っていた祖父。母を見送ったあとは、好きなバイクにも乗れなくなり、自由気ままな生活の延長線上で、アルファリビングに入居しました...

続きを読む