エピソード18

あきらめかけた音色が、ふたたび動き出した日

「もう、大正琴は弾けないかもしれないね」

入居の見学で、
そうつぶやいた私の声は、
小さく震えていたと思います。

夫を見送り、
長くひとり暮らしをしてきました。

趣味の仲間と大正琴を弾く時間が、
私にとって何よりの楽しみで、
生きがいでした。

でも、甥や財産管理の方からは
「施設に入るなら、趣味は我慢して」と言われました。

わかっているつもりでした。
けれど、手放すにはあまりにも大きな存在。

自宅の整理をしていたとき、
ついに私は大正琴を「処分する」と決めて、
そっと部屋の隅に置いたのです。

その様子を見たスタッフの方が、
「本当にいいんですか?」と声をかけてくれました。

「もしよければ、持ってきませんか。
私たちで、弾ける環境を整えますから」

家財整理の方まで
「この大正琴は持っていった方がいい」と言ってくれて、

私ははじめて、
「あぁ、まだ弾けるかもしれない」と思えたんです。

そして入居の日。

「いつかその音色を聴かせてください」
──スタッフの言葉に、
私はそっとうなずきました。

少しずつ暮らしに慣れて、
久しぶりに大正琴に触れたとき。

懐かしい音が指先から響いたとき。

涙が出そうになるのをこらえながら、
私はまた、前を向けた気がしました。

その音色を聴いた他の入居者さんが
「心が落ち着く」と声をかけてくれて、

やがて、外のサークル仲間も来てくれることに。

施設で演奏会をやろう、と
みんなが背中を押してくれました。

本番の日。

私はとても緊張していましたが、
顔を上げると、

入居者さん、スタッフさん、
みんなが笑ってくれていて。

その空気に包まれて、
私は思い切り、音を届けることができました。

いまでは、
ほかの入居者さんに大正琴を教えることもあります。

まさか施設で、
こんな日々が待っているとは思っていませんでした。

アルファリビングは、
私にとって“人生の終わり”ではなく、
“新しい始まり”でした。

このエピソードに立ち会った人
アルファリビング福山多治米
村上 牧子

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