エピソード02

ふたり、また歩きはじめた街で

「やっぱり、家がいいよね」

わたしとSの、
ふたりの口ぐせでした。

何十年も一緒に暮らしてきた私たち。

友人であり、
家族のような存在。

慣れた街、
慣れた部屋。

変わらない毎日が、
私たちにとっての
“安心”でした。

でもある日、
家族から静かに言われたのです。

「そろそろ、
ふたりだけの生活は
限界かもしれないよ」

その言葉が、
どこか生活を否定されたように感じて、

「まだ大丈夫」と、
思わず反発してしまいました。

けれど、心の奥では、
気づいていたのかもしれません。

ちょっとしたつまずき。
忘れもの。

もし何かあったとき、
すぐに頼れる人がいない不安。

そうした小さな“気づき”が、
私たちの背中を押しました。

思い切って、
新しい暮らしを選びました。

けれど、いざ入居してみると、
心の中にぽっかりと
穴が空いたようでした。

「やっぱり、家に帰りたいな」
「ここでは、
私たちの居場所がない気がする」

そう感じる日々が、
続きました。

そんな時、
スタッフさんが
声をかけてくれたのです。

「おふたりが“らしく”暮らすには、
どんなことが大切ですか?」

そのひと言が、
私たちの毎日を
変えてくれました。

少しずつ、
外に出る時間が
増えていきました。

お気に入りの場所まで、
ふたりで出かけてみる。

買い物やお茶を楽しむ。

車椅子に乗るSと、
押す私。

まるで昔のふたりに
戻ったような気がして、

嬉しくて、
何度も笑いました。

迷わないように
GPSキーホルダーを持たせてくれたり、
スマホの使い方を教えてくれたり。

「行ってらっしゃい」と
送り出してくれる
スタッフさんの笑顔に、

ようやく
「ここも私たちの家なんだ」と
思えるようになりました。

最近では、
三越でランチをしたり、
Sの大好きなコカ・コーラを
買って帰ったり。

ほんの些細なことなのに、
外から帰ってくると、
ふたりとも自然と
笑顔になっているのです。

これからも、
何が起こるかはわかりません。

でも、
私たちの歩幅に寄り添ってくれる人がいること。

それが、
こんなにも心強いなんて。

「また行こうね」

Sのその言葉が、
今日も私の背中を
そっと押してくれます。

このエピソードに立ち会った人
アルファリビング高松百間町
板倉 夢姫

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