夫婦でつないだ、ふたりの時間
母がパーキンソン病を患ってから、
それまでの暮らしを続けるのは
難しくなっていました。
そんな中、
父が白血病と診断され、
医師から「余命数ヶ月」と伝えられたあの日。
私たちは強く思いました。
「母を、ひとりにはできない」
両親が安心して過ごせる場所を探し、
たどり着いたのが、
福山市のこの施設でした。
長距離の移動が難しい母を、
スタッフの皆さんが一緒に支えてくださり、
新幹線や在来線を乗り継いで、
無事に福山へと
たどり着くことができました。
「もう一度、父と暮らしたい」
母の願いが、
ようやくかたちになった──
その矢先のことです。
父の病状が急変し、
「あと1週間も持たないかもしれない」との知らせ。
動揺する私たちに、
スタッフの方は
迷いなく言ってくれました。
「もう一度、
お父さまに会いに行きましょう」
再び長距離の移動。
でも、母に付き添ってくださったスタッフ、
JR職員の協力のおかげで、
母は滋賀の病院へ
たどり着きました。
病室で静かに手を握り合い、
短いながらも
言葉を交わせたふたり。
母の表情は、
どこか安堵に満ちていました。
福山に戻った母は、
体調がさらに悪化。
専門医療機関で治療を受けている間に、
父は静かに旅立ちました。
でも、最期の時間を
一緒に過ごせたことが、
母にとっても、
私たち家族にとっても、
何よりの救いとなりました。
母の退院後の暮らしを
どう支えるか。
新たな課題が出てきたときも、
施設の皆さんは
母の「ありたい姿」に
寄り添ってくれました。
「できないこと」ではなく、
「できること」に
目を向けてくれる日々。
たとえば、
センサーで睡眠や食事量を細かく管理し、
より的確なサポートを
届けてくださったり、
母の
「自分でできることを周囲に認めてほしい」
という思いも、
大切にしてくださいました。
今、母は
地域のパーキンソン病の会に参加し、
リハビリやデイサービスを通じて、
少しずつ前向きな暮らしを
取り戻しつつあります。
病気とともに生きる人生は、
決して平坦ではありません。
でも、
大切な人とつながる時間があるだけで、
心がふっとあたたかくなる──
そんな瞬間が、
確かにありました。
母と父、
そしてわたしたち家族の思いに、
深く、まっすぐに寄り添ってくれた
この場所に、
心から感謝しています。




