今日、昼食のときに、入居者のY様から、「五大石橋は何がありましたっけ?」と聞かれました
「え~っと…西田橋と~あと~何がありましたっけ?」
すぐに答えられない私… (^^;
これはいかん!とすぐに調べてみました
「鹿児島 五大石橋」で検索したところ…
甲突川五石橋(こうつきがわごせっきょう)は、鹿児島市を流れる甲突川にかつて架かっていた石橋群
上流から玉江橋、新上橋、西田橋、高麗橋、武之橋の順
1993年8月6日の鹿児島大水害により5石橋のうち新上橋と武之橋の2橋が流失し、玉江橋、西田橋、高麗橋の3橋がその後石橋記念公園に移設保存されている
…と出ていました(wikipedia調べ)
それぞれの橋について、詳しく見てみましょう
1849年(嘉永2年)架設の4連アーチ橋
橋名は建設された当時の藩主であった島津斉興の衣類等につけられた「玉の印」に由来するという説と、この付近には湿田が多く所在していたことから、雨が降るたびに入り江の様に水がたまることに由来するという説がある
近隣の鹿児島市立玉江小学校はこの名にちなむ
水害に伴う河川改修により石橋記念公園へ移設、保存されている
・新上橋(しんかんばし)
- 1845年(弘化2年)架設の4連アーチ橋
- アーチ径間は中央2つが10.8m、両側が9.5mであった
- 1993年(平成5年)の鹿児島大水害(8・6水害)にて流出
・西田橋(にしだばし)
1846年(弘化3年)架設の4連アーチ橋で全長50mであった
- 眼鏡橋とも呼ばれた
- 1953年(昭和28年)に鹿児島県の有形文化財に指定
- 鹿児島県道24号鹿児島東市来線の路線上に存在した
- ・高麗橋(こうらいばし)
- 1847年(弘化4年)架設の4連アーチ橋
- アーチ径間は中央2つが12.8m、両端2つが11.2mであった
- 水害に伴う河川改修により石橋記念公園へ移設、保存されている
・武之橋(たけのはし)
- 1848年(嘉永元年)架設の5連アーチ橋
- 甲突川に架かる橋としては最長となる71m
- 鹿児島県道20号鹿児島加世田線の路線上に存在していた
- 1993年(平成5年)の鹿児島大水害(8・6水害)にて流出
いや~鹿児島市に住んで長いですが、知らなかったです…(^^;
今度、石橋記念公園に入居者様をお連れしたいと思いました
勉強するきっかけを下さったY様、本当にありがとうございました



